ふくじい

STORY

福爺(ふくじい)の
誕生秘話

はじまりは、
小学4年生でした。

福爺のはじまりは、私が小学4年生のとき。

図工の授業で作った、ひとつのお面でした。

その名も、

「金運の神様」

です。

なぜ小学4年生で「金運の神様」を作ろうと思ったのか。

正直なところ、よく覚えていません。

後になって母に聞いたら、

「うちが貧しかったからじゃない?」

と言われました。

そうだったのかもしれません。

子どもなりに、

「お金があったらいいな」
「豊かだったらいいな」

と思っていたのかもしれません。

小学4年生の図工の授業で作られた、黄色い顔の「金運の神様」のお面

小学4年生なりに考えた
「豊かそうな顔」

どうしたら、お金に恵まれそうな顔になるのか。

当時の私は、たぶんそれなりに考えたのでしょう。

お金を連想して、顔は黄色。

豊かそうに見えるように、ほっぺはふくふく。

口は大きく開けて笑っています。

さらに二重顎。

太い眉毛もあります。

鼻の下には、ひげまであります。

なぜひげをつけたのかは覚えていません。

太い眉毛とのバランスを考えたのかもしれません。

今見ると、

小学4年生、なかなか攻めています。

こうして、「金運の神様」は誕生しました。

そして私は、
すっかり忘れていました。

その後、長い年月がたちました。

私は「金運の神様」のことを、ほとんど忘れていました。

ところが2025年。

思いがけないことが分かりました。

実家では、このお面がずっと飾られていたのです。

それを知った私の第一声は、

「え、まじで……?!」

でした。

何十年も?

これを?

ずっと?

という気持ちです。

「じゃあ、うちに持っていくね」

と言ったら、母と妹が、ものすごくうれしそうな顔をしました。

私にとっては、すっかり忘れていた小学4年生の作品。

でも二人にとっては、ずっとそこにいた存在だったようです。

なんとも不思議な再会でした。

人に見せると、
反応が分かれる。

それから、この「金運の神様」を人に見せるようになりました。

すると、反応はだいたい二つ。

「きもっ」

となる人。

そして、

ものすごく面白がって、大笑いする人。

誰が見ても「かわいい」と言うタイプではありません。

でも、妙に反応される。

なんなら、ちょっと忘れにくい。

そんな顔だったようです。

ついに、
グッズになりました。

面白がってくれる人たちの中から、

「金運の神様のグッズを、イベントで販売してくれないか」

という話が出てきました。

そこで作ったのが、

バッジとコインケース。

たくさん作ったわけではありませんが、ありがたいことに完売しました。

小学4年生の図工のお面が、まさか商品になるとは。

このあたりから、「金運の神様」が少しずつ動き始めます。

「金運の神様」のお面を使ったバッジ
「金運の神様」のお面を使ったコインケース

「Tシャツが欲しい」

さらに、グッズを買ってくださった方の中から、

「Tシャツが欲しい」

という人が現れました。

それなら、ちゃんとイラストにしてみよう。

そう思って、美容師さんにイラストをお願いしました。

すると今度は、Tシャツが欲しいと言ってくれた方から、

「名前を変えてみたら?」

という提案もありました。

やがて、美容師さんからイラストが完成して届きました。

顔だけのイラスト。

それだけではありませんでした。

小槌を持った、体のある姿。

そして、羽根のある姿。

お面の顔しかなかった「金運の神様」に、いろいろな姿が生まれました。

顔だけの福爺のイラスト
小槌を持った体のある福爺のイラスト

「金運の神様」から
「福爺」へ

名前を変えるという提案を受けて、私も考えました。

「金運の神様」という名前には、少し引っかかるものがありました。

お金は大事です。

ないよりは、あった方がいい。

小学4年生の私が「お金に恵まれたい」と思っていたとしても、それを否定するつもりはありません。

でも大人になってみると、

豊かさって、お金だけなんだろうか。

と思うようになりました。

誰かと笑えたこと。

ごはんがおいしかったこと。

困ったときに助けてもらったこと。

失敗したけれど、あとになって笑い話になったこと。

思いどおりにいかなかったから、思いがけないものに出会ったこと。

そういうものも、「福」と呼んでいいのではないか。

いろいろ考えた末、

「金運の神様」は、

福爺

という名前になりました。

福爺の小槌

福爺は、小槌を持っています。

でも、この小槌を振るとお金が出てくる……

という設定ではありません。

福爺になった今、この小槌には、

もともとそこにあった小さな福を、そっと目立たせる

という役目があります。

誰かにしてもらったことを思い出したり。

失敗した出来事の中に、笑えるところを見つけたり。

久しぶりに誰かに連絡したくなったり。

「意外と私、いろいろ持ってるな」

と思ったり。

福爺が何かを与えたわけではありません。

もともとそこにあったものが、少し目に入りやすくなっただけ。

……もっとも、

本当に小槌のおかげなのかどうかは、誰にも分かりません。

福爺本人も、たぶん分かっていません。

福って、
なんだろう。

振り返ってみると、福爺自身も、いろいろな人とのつながりの中で今の姿になりました。

実家でずっと飾っていた母と妹。

面白がってくれた人。

グッズを販売してほしいと言ってくれた人。

バッジやコインケースを買ってくれた人。

「Tシャツが欲しい」と言ってくれた人。

名前を変えてみたら、と言ってくれた人。

イラストを描いてくれた人。

もし、そのどれかがなかったら、福爺は今の姿になっていなかったかもしれません。

そう考えると、

福って、どこかから突然やってくる大きな出来事だけではないのかもしれません。

誰かのひと言だったり。

ちょっとした笑いだったり。

「それ、面白いね」と言ってもらったことだったり。

そのときは何でもないと思っていたことが、あとになって振り返ると、

「あれも福だったのかもしれないな」

と思うことがあります。

福爺は、そんなときに、たぶん言います。

「今のは、福だったのではないか」

そして、よく分からないときには、

「ひとまず、コツンとしておきましょう」

小学4年生の女の子が作った「金運の神様」は、

ずいぶん長い時間をかけて、

そんな爺になりました。

ふくふくした頬と大きく笑った口が特徴の現在の福爺
福爺のトップページに戻る →